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#全員が自己ベスト

周りの“応援”が力になる「結果で恩返しがしたい」

仲野 春花(アスリート(陸上競技(走高跳)))
環境の変化による“戸惑い”はどうやって乗り越える?

「環境の変化」が、今までできていたことをできなくしてしまう。こんな経験がある方は多いのでは?現在、実業団チームに所属する陸上の走高跳の仲野春香選手にも、そんな時期があったという。

仲野選手は現在、23歳(※取材を行った2019年7月29日時点)。幼い頃から、男の子にも勝るくらい、走るのがすごく好きでずっと走り回っているような子供だったという。小学校一年生の時に、地元の陸上クラブに兄が入っていたことをきっかけに、陸上をはじめた。
また、中学生になると部活動に所属。その時から自身の専門競技として、「走り高跳び」を選んだ。

「ゼロからのスタートだったので、練習するたびにスキルが上がっていくという感覚や、記録がどんどん伸びていくことが楽しくて、ずっと続けていました」

仲野選手は、当時を振り返ってこう語る。

高校に進学後も競技を続け、高校3年生の時、ついにインターハイで優勝。入学当時は漠然と競技以外の進路を考え、高校で競技を辞めるつもりでいたけど、この優勝を機に「このまま競技を続けよう」、そう思って大学進学を決めた。

しかし、大学での生活はそれまでほど順調ではなかった。仲野選手は初めて、環境の変化による「戸惑い」を感じたという。

「大学に進学すると、高校では経験しなかったような環境の変化にすごく戸惑って、思ったより上手くいかないなと思う時期がありました」

ただ、こういった「環境の変化による戸惑い」を感じていたのは仲野選手だけではなかった。だから、仲間たちとそういった苦しい経験や辛いことを共有したり、フォローし合ったりして、「皆で頑張っていこう」という風に、プラスに考え相乗効果を生むように工夫した。

こういった行動を続けることで精神面もどんどん安定してくるようになり、上級生になるにつれて結果もついてきたという。

「逆に悩んでいる後輩がいた時は、そういう経験をした自分だからこそ気持ちもわかるし、話を聞いてあげたり、アドバイスできることがあればしてあげたりするようにしていました」

競技面で落ち込むことがあったときも同じように、仲野選手は良い意味で「あまり考え過ぎず、ポジティブに捉えるようにしていた」そうだ。

仲野選手がオリンピックを目指すきっかけとなったのは、大学3年生の時に初めて優勝した日本選手権。

「春先からずっと調子も良く、記録も伴っていたので、日本選手権にも自身を持って望むことができました。また、その中でしっかり結果を出すことができたのも自信となったので、この日本選手権優勝がきっかけで、『さらにこの先の“世界”のステージにいくにはどうしようかな』と考えるようになりました」

ただ、当時は卒業後も競技を続けられる企業があるのかとても不安に思っていたという。

「どこに入ろうとかじゃなくて、どこで続けさせてもらえるのかなっていう不安はありました」

そうした中、海外遠征でたまたまアスリートの先輩に就活ついて色々と話を聞いてもらった。そこからさまざまな繋がりがあって、先輩も勤める今の会社に就職することになったそうだ。

会社の人たちはとても優しく、「伸び伸びやっていいよ」といってくれるので、競技に打ち込みやすい環境だという。自分が競技をすることで、応援してくれる人や喜んでくれる人がいることに驚いた彼女は、「スポーツを皆で応援する力」の大きさを感じたそうだ。

自身の結果のために頑張ろうと考えていた大学生の頃とは違い、今はこんなにも自分のことを応援してくれる会社の人たちに、「必ず結果で恩返したい」と考えるようになったという仲野選手。

「私が会社に返せるのはやはり結果なので、良い結果出して喜んでもらうことが1番なのかなと思います」

競技をする側の人間にとって、自分に今できることを試合で100%発揮することが「ベスト」。そして、そこには応援してくれる人や先輩の存在や、周りの助けが非常に大きく影響する。

「前回大会では、私の跳躍をビデオに撮って確認し、アドバイスをくれる方がいたりして。周りの助けがあるからこそ、気持ちの面でもベストに近い状態で挑めるのだと思います」

また、自分自身のモチベーションを上げてベストに近づくための工夫もかかさない。ネイルが好きなので、会社カラーを意識したり、金メダルを意識してゴールド入れたりなど、1か月に一度ネイルを変えるのも、仲野選手にとっては練習や試合のモチベーションになっているそうだ。

#多様性と調和

「スポーツ」という共通言語が生む力

仲野 春花(アスリート(陸上競技(走高跳)))
「言語」の壁を積極的に超えるためには?

国際大会で海外を訪れた際に、仲野選手は現地の人たちに話しかけられることがよくあったという。初めは全然わからなかった言葉も、だんだんと相手の伝えたいことを汲み取ることができるように。今では自分自身でも、伝えられる範囲で伝えられるように努力しているそうだ。

「私が困っているときは、こちらから聞かずとも向こうから聞いてきてくれて、とにかくすごく親切にしてくれた印象があります。とくに試合中は、本当につたない英単語を並べただけの言葉でしか私は伝えることができませんでしたが、審判の方もできるだけ私にわかりやすく説明してくれたので、ある程度相手が何を伝えたいのかを感じとることができました」

日本にいるだけではわからない。海外に行ってみて、色んな人種、国のカラーに触れて初めてわかることは非常に多い。

「東京2020大会もそうですが、世界中の人が集まって行う大会というのは、競技する側も見る側も感じることが多いと思うので、私もすごく楽しみです。また、私が助けられるかはわかりませんが、困っている人がいれば、積極的に声かけできたらなと思います」

仲野選手がアジア選手権に出たとき、男子の高跳びで日本人選手が大きく記録を伸ばし、選手同士でハイタッチしたり、観客たちが手拍子を始め喜んだりする光景を目にしたという。

「国は違っても喜び合えるのはすごく良いことだなと思いました。見ている側の私も、すごく嬉しい気持ちになったし、スポーツが生む力はすごく大きいなと感じました。』

選手としてその立場にたちたいと感じたと同時に、自身もこういったことをしてもらえる選手でありたいと思ったようだ。

スポーツを通して、言葉は通じなくても結果に皆で一喜一憂したり、喜びを分かち合えたりすることこそが「多様性と調和」なのだと仲野選手は考えている。

#未来への継承

影響を与えられる選手でいるために

仲野 春花(アスリート(陸上競技(走高跳)))
身近な後輩たちに、どうやって伝えたら良いのだろう?

「もう一度、うちの高校で一緒に練習をしないか?」
高校時代の顧問にそう声をかけられ、大学卒業後、仲野選手は企業に勤めながら、母校で後輩たちとともに練習に励んでいる。
後輩たちからは、技術面の質問だけでなく、「どんな時辛かったですか?」「結果が出なかった時はどうしていましたか?」など、仲野選手自身の過去の経験談を聞かれることが多いという。

「自分がその時に思っていたことをありのまま伝えるようにしています。『辞めようと思った』とかマイナスなことをいってしまうこともありますが、正直にいった方が後輩の心に刺さるというか、感じることが大きいと思ったので」

仲野選手は「目標を明確に持ち、そこにいくまでの過程をしっかり考えること」が大切だという。

「友達と遊びに行きな」や「競技を離れてリフレッシュしてから、元気になった状態で陸上するのが1番いいよ」など、できるだけプラスに向いてくれるように自分の経験談を混じえて具体的にいったりすることを心がけているそうだ。

中学生のときは、全国大会なんて出たこともないような子供だったという仲野選手が影響を受けたのが、「同世代の活躍」だった。

「当時、全中で自分の同世代くらいの子が活躍しているのをテレビで見て、『同級生なのにスポーツでこんな活躍してるんだ』『すごいなあ』と思ったのが、私が高校でも陸上を続けることにしたきっかけでした。だから私は、私の競技を見て「あ、いいな」と思ってくれる人が1人でも増えるように競技したいなっていう風に考えています」

走高跳人口はそんなに多くない。だからこそ仲野選手は、走高跳をしている子がいたり、アドバイスを求めて来てくれたりすることが、すごく嬉しいようだ。

「『陸上選手として』結果を出すのはもちろんですが、それだけでなく『人としてどうか』という部分もすごく大切にしています。陸上選手である以上、『人として』も周りにどう見られているかを自覚しないといけないと思うので。実業団にいると、特にそういう部分が大切だと感じます」

Profile
Haruka Nakano
仲野 春花
1996年生まれ。日本発条株式会社所属。小学生の時に兄の影響で陸上競技を始める。日本学生対校選手権で2、3年時に2連覇、関東学生対校選手権で3連覇。現在は福岡を拠点に練習に取り組んでいる。趣味はネイル。
#全員が自己ベスト

周囲に支えられ、あきらめない気持ちを結果に繋げる

羽野 一志(オリンピアン(ラグビー))
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