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#全員が自己ベスト

自己ベストの延長線上に日本記録があった

佐藤 圭太(パラリンピアン(陸上競技))
努力と結果、どちらが大事?

努力したことに対して、結果が必ず伴うわけじゃない。だから、「努力するだけ無駄」って、ときには思うこともある。
でも、障がい者アスリートの佐藤圭太選手は、少し違う考え方をもっているみたいだ。
佐藤選手は義足をつけて走るパラリンピアンで陸上競技の選手。2016年のロンドンパラリンピックにも日本代表として出場した。

佐藤選手は中学3年生のとき、病気にかかって片足を切断することになった。
小学校から続けてきたサッカー部をやめて、義足での高校生活がはじまった。
「最初は歩くところから難しかった」
そんな中、リハビリのために陸上をはじめて競技用の義足をつけることになって、「昔みたいに走れるようになったのは、すごい嬉しい」と思ったそうだ。
一方で、足を失ったことについて「ネガティブな考え方をすてられなかった」と言う。

そんな佐藤選手が変わったきっかけは、高校2年生のときに地元で開かれた障がい者アスリートの競技大会。
「とにかくすごいかっこよかった」
そして自分もいつかその舞台に立ちたいと思うようになり、いっそう練習に励んだ。

「走るのを楽しいと思った。努力して自分がいい方向に変わるというのをすごく面白いと感じられて」

佐藤選手にとって、努力はそれによって自分が変わること。だから面白い。努力の証が自己ベストで、その先についてくるものとして、記録やパラリンピックへの切符がある。

「日本記録を出せたというよりは自己ベストを出せて嬉しいな。自己ベストがたまたま日本記録でしたみたいな。タイムという見えるものでわかるのも楽しい。だから、自己ベストを出せるというのは、いつまでたっても嬉しいものではありますね」

#多様性と調和

障がいは特徴の一つ

佐藤 圭太(パラリンピアン(陸上競技))
佐藤選手は、障がいをどう捉えているのだろう?

佐藤選手は自分の「障がい」についてどう考えているのだろう?
聞いてみると、「どちらかというと障がい者と呼ばれる人の中では、(自分の障がいは)比較的軽いほうだと思う」と断りながら、「正直、そこまで(健常者と)大きく変わらないんじゃないかな」と教えてくれた。

「例えば、健常者と呼ばれる人も足を骨折すれば松葉杖を使うだろうし、マイノリティと呼ばれる立場になることもあるし。障がいは特徴のひとつというか。あ、髪の毛長いんだなとか、足ないんだなとか、車いすのってるんだな、ぐらい。それくらいの感覚で見ている。普段生活していたら『僕、足なかったんだな』と忘れることもあるし、うまくいかないことや不便なこともあるけど、『足がないからこう(なった)』ってことはないかなと思いますね」

佐藤選手がこう考えるようになったのは、自分に足がないことを「認めた」ことがきっかけだった。

「僕自身、足を切ったときに乗り越えたと言うよりも一番は『諦めた』というのが大きかった。僕の残りの人生、誰かにかわってもらうわけにもいかないし、このままでも生きるしかない。足のない自分を認めることができたときに気持ち的にもすっと楽になりましたし、それからいろいろなことが変わっていった感じがあった」

自分のことに加えて、他人のことも「認める」ことが大事だという。

「海外の選手と生活を共有していると、考え方とか生活の違いがあるので、ストレスが溜まることもあるんですけど、彼らにもこういう考え方があるんだなと、相手を認める。やっぱり相手を認めれないと何も始まらないと思うので、違うからといって何も調和もできないと思うので、違ったら違ったで『まあしょうがないかな』と」 

#未来への継承

子どもたちが義足を試す場の提供

佐藤 圭太(パラリンピアン(陸上競技))
まわりに助けてもらったことを、どうやって返せばいいだろう?

アスリートのまわりには、たくさんの支えてくれる人がいる。義足をつけて競技をしていると、それはなおさらだ。
「僕の義足もある意味税金をつかったものですし、いろいろな人の支えがあって道を進めることができている」

だからこそ、佐藤選手は「スポーツを通じて、還元したいと思っている」という。

その思いを一つの形にしたのが、2017年に義足エンジニア・遠藤謙さんとともにオープンさせた「ギソクの図書館」。ここでは、さまざまな種類の競技用の義足が集められ、訪れた人は好きなように試すことができる。

「僕の場合はたまたま運良くこれ(義足)を使う機会を頂いて走るのを楽しいと思ったし、そんな機会があったからこそこういう競技を続けられている。トップ選手は国などから評価を受けて支援をもらっているが、『いまから走りたい』という子に対しての機会は少ない。そういう機会を作れたらいいよねと思って」

とはいえ、すべての子どもが競技をすればいいと思っているわけではないそうだ。
「それをしてみて、『楽しい』と思えたり『走るのはもういいかな』と思ったり、それはもうそれぞれなんですけど、そういうチャンスを作れたらいいなと」

大事にしているのは、自分がどうしたいかを選ぶこと。
佐藤選手には「陸上をパラリンピックでやりたい」という思いがあって、その思いを中心に色々なことを取捨選択し進んできた。

「高校生のみなさんも、自分自身の選択を、成し遂げたい未来のためにすると思う。自分自身が責任を持って行動できるハンドルを握っているっていうのは、すごく大事だなと思いますね」

Profile
Keita Sato
佐藤 圭太
1991年7月生まれ、静岡県出身。 中学3年までサッカー。中学3年の時に「ユーイング肉腫」を発病して右膝から下を切断。 静岡・焼津中央高時代に陸上を始め、中京大3年の時にロンドン・パラリンピック出場。2年間の同大職員をへて今春、トヨタ自動車入社。自己ベストは100メートル11秒77(アジア/日本記録)、200メートル23秒85(日本記録)。
#全員が自己ベスト

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